安定な地下水の涵養が急務
1960年代は、日本の高度経済成長期にあたり、道路や上下水道などの社会インフラが一斉に整備された。当時の水道管には亜鉛メッキ鋼管が使われていた。亜鉛メッキ鋼管は、溶存する酸素と塩素により、酸化亜鉛の防腐食膜が剥がれ、腐食する。特に軟水の多い日本では腐食しやすい。水道管の耐用年数は40~50年であり、2010年頃から水道管の更新時期を迎えているために、水道料金が値上がりしている。人口が分散している地方では、水道管の経路が長く維持改修費が多くかかり、人口減で料金収入が減り、値上げせざるをえない。
橋本講師は、今後30年で水道料金が3倍になる地方の市をいくつか紹介し、こうした地方の水道は破綻する、と述べた。地方には井戸水で暮らしている人が300万人ほどいるが、水道が破綻すれば、自分で水を確保しなければならない。田舎に暮らす人には、水の確保は切実な問題になりそうだ。
日本では地下水は、生活用、農業用、工業用にほぼ同じ割合で使用されている。日本は7割が山岳森林帯であり、雨水の多くは河川に集まり、1日~2日で海に流れてしまう。日本の地下水は、帯水層ではなく、ゆっくりと海に流れ込んでいる。従って雨水が大地に染み込まなければ、日本の地下水は枯渇してしまうのだ。温暖化で雪解け水が減少し、地下水が減る可能性もある。地下水が枯渇すれば、井戸水が出なくなってしまう。日本の農業の30%は地下水に依存しているので、食料供給に影響がでる。地盤沈下も引き起こされる。
橋本氏は、地下水を守るためには、森林の間伐をしたり、河川水を水田に引いたりして涵水しなければならないという。日本の森林は、まっすぐな杉の木を育てるために密植しており、間伐しないと、地面に日光が差さず、土壌が深く形成されない。そのため雨水が土に染み込まないので、地下水が減る。また杉が弱くなるため、大雨で容易に土砂災害が生じるようになっている。橋本氏の著書では、容易にできる木の皮むき間伐を紹介しており、大変参考になる。不耕起稲作で水田生物の育成のために冬季湛水を行うのも涵養になる。
橋本氏は、人の命に関わる食料・森林-エネルギ-水(FEW)の3つは相互に関わり合っていることを指摘した。例えば水道システムには電気が必要であり、電気は水力発電で得られる。あるいは水が米作りを守り、米作りが水を守っている。森林が水を涵養し、水が森林を育てる。こうした自然と人間の相互依存関係をよく理解しておく必要がある。
橋本氏は、環境保全に必要な水量を確保した上で、人は残りの水を節水しながら使わなければならないという。家庭で使う水の17%が炊事用であり、他は風呂やトイレや洗濯などの衛生用に用いられる。衛生用水は雨水を活用し、飲料水は河川の水を緩速ろ過で得られることを紹介した。
橋本氏は、地下水は公共物であるから、使用ル-ル作りが必要であると述べた。日本の地下水脈の可視化地図は、縦割り行政を乗り越えて、地下水の管理やそのル-ル作りを実現するのに有用である。橋本氏は、熊本県熊本市や長野県安曇野市の例を挙げ、地下水利用に関する話し合いの様子を面白く紹介した。
アメリカの穀倉地帯、つまりロッキ-山脈の西側の地下には、氷河期に何万年もかけて貯水された巨大な帯水層がある。乾燥したステップ気候の地域で、大量の水が必要なトウモロコシの栽培が可能なのは、この地下水のおかげである。しかしこの地下水の水位が毎年3メ-トルの速度で低下している州がある。そこでは地下水が25年で枯渇すると予測している。あるいはシェ-ル油田の開発で地下水が汚染された地域もある。インドでは地下水の枯渇がより深刻である。
日本は、食料自給率が低く、大豆、小麦、トウモロコシなどの穀物や飼料の殆どをアメリカなどの外国に依存している。いわば日本はこうした穀物を栽培するのに必要な水(仮想水)を輸入していることになる。近い将来、アメリカは輸出を止める可能性があり、日本は深刻な水不足になる。生き残るために、我々は日頃から水質や水量が安定な地下水を涵養しておかなければならない。2016.3.2