世界の人口は増加しており、気候変動、水資源や鉱物資源の不足、森林減少と砂漠化、生物多様性の喪失、貧富の差の拡大といった問題が深刻になっている。大和総研調査部の首席研究員である河口講師は、私たちが直面するこれらの環境問題や社会問題を乗り越えて持続可能な社会を作るために、企業の立場(CSR活動)、投資家の立場(ESG投資)、生活者の立場(倫理的消費)からすべきことを研究し、提言している。今回、河口氏は「社会を良くするために お金に働いてもらおう」という題で講義を行った。
日本の経済発展の背後には環境破壊や公害などの問題があったが、こうした外部不経済により発生する損失は、取引当事者の直接的な損失ではないため、取引コストには反映されない。河口氏は、従来の経済学が自然保護や社会の持続的発展や人間の幸福を保証するものではないことに問題を感じていたため、社会のためになる金融について考えていた。
近年注目されている社会金融は、収益性と社会性を兼ね備えており、現代の格差を拡大させる消費社会を公平な持続的社会に変えていく大きな力になると期待している。実際ゼロ金利時代において、2%の運用益がある社会金融商品もあるようだ。社会金融は、日本ではあまり知られていないが、欧米では確固たる地位を築いているという。社会金融を利用すると、自分の稼いだお金を、単に銀行に預金するだけではなく、自分が応援したい企業群やプロジェクトに投資できる。そうすればお金に働いてもらって、社会を良くできる。
もちろん自分で調べて株式投資することも有効である。その場合、企業の価値を、収益だけで判断するのではなく、国内雇用の確保、環境負荷の低減、遵法や公平性、社員教育、企業理念、財務情報、労働条件、役員構成、年齢構成などの様々な観点を含めて判断し、長期的に投資するとよい。そうすれば、現在の収益だけに頼った短期的投資よりも低いリスクで自分のお金を自分と社会のために働かせることができる。例えば国連グロ-バルコンパクトの情報を参考にしながら、経済情報誌に掲載された受賞企業を調べるといいという。但し社会への投資インパクトは吟味された数字で表現されなければならない。例えば、プロジェクトの真の成果は、建てた学校の数ではなく、新たに卒業した学生数であるという。
2015年9月16日に、140兆円もの巨額な年金を運用する政府の年金投資ファンド(GPIF)法人が、国連の責任投資原則(PRI)に署名し、環境と社会への取り組みに優れた企業へ投資を行うESG投資の本格的な推進を決定した。河口氏は、これによって日本国内におけるESG投資の流れが大きく加速すると期待している。ESG情報は、中長期的な企業価値を反映する重要な指標になっている。ESG投資の世界市場は2012年で13.6兆ドル、運用金融資産の22%になるという。市場の拡大を支えているのは主に欧米の公的年金であるが、個人投資家も企業価値の評価法としてESG情報に注目し始めている。
河口氏は、自然の価値を貨幣価値に換算し、自然資本として経済システムに取り込もうしている。例えば森林の保水価値は、同じ保水力のダムの価格で試算できる。自然資本が生み出す生態系サービスの価値は7.25兆ドル、すなわち世界のGDPの12.5%をも占めるため、持続可能な経済を実現する力になると試算している。自然資本を高める政策も重要である。例えば木材輸入のル-ルを見直すことで、国内の木材の価値を高められるという。
地方創生や環境保全など、社会を良くする仕事や活動のアイディアがあれば、インターネットで資金を集め、手軽に速く起業できる時代になった。また活動の成果をお金ではなくて生産物で返せるので、株式会社より柔軟な運用ができるのかもしれない。2016.3.10
カテゴリー: 地球の仕事A
社会金融
安定な地下水の涵養が急務
1960年代は、日本の高度経済成長期にあたり、道路や上下水道などの社会インフラが一斉に整備された。当時の水道管には亜鉛メッキ鋼管が使われていた。亜鉛メッキ鋼管は、溶存する酸素と塩素により、酸化亜鉛の防腐食膜が剥がれ、腐食する。特に軟水の多い日本では腐食しやすい。水道管の耐用年数は40~50年であり、2010年頃から水道管の更新時期を迎えているために、水道料金が値上がりしている。人口が分散している地方では、水道管の経路が長く維持改修費が多くかかり、人口減で料金収入が減り、値上げせざるをえない。
橋本講師は、今後30年で水道料金が3倍になる地方の市をいくつか紹介し、こうした地方の水道は破綻する、と述べた。地方には井戸水で暮らしている人が300万人ほどいるが、水道が破綻すれば、自分で水を確保しなければならない。田舎に暮らす人には、水の確保は切実な問題になりそうだ。
日本では地下水は、生活用、農業用、工業用にほぼ同じ割合で使用されている。日本は7割が山岳森林帯であり、雨水の多くは河川に集まり、1日~2日で海に流れてしまう。日本の地下水は、帯水層ではなく、ゆっくりと海に流れ込んでいる。従って雨水が大地に染み込まなければ、日本の地下水は枯渇してしまうのだ。温暖化で雪解け水が減少し、地下水が減る可能性もある。地下水が枯渇すれば、井戸水が出なくなってしまう。日本の農業の30%は地下水に依存しているので、食料供給に影響がでる。地盤沈下も引き起こされる。
橋本氏は、地下水を守るためには、森林の間伐をしたり、河川水を水田に引いたりして涵水しなければならないという。日本の森林は、まっすぐな杉の木を育てるために密植しており、間伐しないと、地面に日光が差さず、土壌が深く形成されない。そのため雨水が土に染み込まないので、地下水が減る。また杉が弱くなるため、大雨で容易に土砂災害が生じるようになっている。橋本氏の著書では、容易にできる木の皮むき間伐を紹介しており、大変参考になる。不耕起稲作で水田生物の育成のために冬季湛水を行うのも涵養になる。
橋本氏は、人の命に関わる食料・森林-エネルギ-水(FEW)の3つは相互に関わり合っていることを指摘した。例えば水道システムには電気が必要であり、電気は水力発電で得られる。あるいは水が米作りを守り、米作りが水を守っている。森林が水を涵養し、水が森林を育てる。こうした自然と人間の相互依存関係をよく理解しておく必要がある。
橋本氏は、環境保全に必要な水量を確保した上で、人は残りの水を節水しながら使わなければならないという。家庭で使う水の17%が炊事用であり、他は風呂やトイレや洗濯などの衛生用に用いられる。衛生用水は雨水を活用し、飲料水は河川の水を緩速ろ過で得られることを紹介した。
橋本氏は、地下水は公共物であるから、使用ル-ル作りが必要であると述べた。日本の地下水脈の可視化地図は、縦割り行政を乗り越えて、地下水の管理やそのル-ル作りを実現するのに有用である。橋本氏は、熊本県熊本市や長野県安曇野市の例を挙げ、地下水利用に関する話し合いの様子を面白く紹介した。
アメリカの穀倉地帯、つまりロッキ-山脈の西側の地下には、氷河期に何万年もかけて貯水された巨大な帯水層がある。乾燥したステップ気候の地域で、大量の水が必要なトウモロコシの栽培が可能なのは、この地下水のおかげである。しかしこの地下水の水位が毎年3メ-トルの速度で低下している州がある。そこでは地下水が25年で枯渇すると予測している。あるいはシェ-ル油田の開発で地下水が汚染された地域もある。インドでは地下水の枯渇がより深刻である。
日本は、食料自給率が低く、大豆、小麦、トウモロコシなどの穀物や飼料の殆どをアメリカなどの外国に依存している。いわば日本はこうした穀物を栽培するのに必要な水(仮想水)を輸入していることになる。近い将来、アメリカは輸出を止める可能性があり、日本は深刻な水不足になる。生き残るために、我々は日頃から水質や水量が安定な地下水を涵養しておかなければならない。2016.3.2
寺田本家の哲学
寺田本家(酒蔵)24代目当主の寺田優(まさる)さんから、お酒の製造現場を見学しながら、寺田本家の伝統的な酒づくりに関してお話を伺った。麹室に入れてもらったり、もと摺り作業のときに歌う唄を聞かせてもらったり、発酵中のもろみを味見させてもらったりした。最後にここで製造されている「五人娘」などの日本酒を味わいながら、いろいろと質問をさせてもらった。
寺田本家のある香取は、稲作が盛んであり、良水と利根川の水運に恵まれた環境にあるため、昔から酒づくりが盛んであった。しかし近年は、ビールやワインなど他のアルコ-ル飲料が飲まれるようになり、日本酒は売れなくなっている。先代の寺田啓佐(けいすけ)さんは、著書の「発酵道」に詳しく書かれているように、大病を契機に、人の健康を考えた無農薬栽培の稲を使った伝統的な生もと仕込みによる酒づくりを復活させて、衰退していた寺田本家を立ち直らせた。
日本酒は、麹カビによる米でんぷんの糖化と、酵母菌による糖のアルコール化(発酵)を同時に行って製造される。麹、水、蒸米に、種となる酵母を加え、乳酸の強い酸性下で酵母を純粋培養して、酒母(しゅぼ)をつくる。伝統的な生もと仕込みでは、半切桶に蒸米と麹を入れて櫂(かい)ですりおろす「もと摺り」作業を行い、乳酸菌に乳酸を作らせる。乳酸の強い酸性によって有害な雑菌や乳酸菌自身を死滅させ、酵母のみを大量に培養する。
その後、酒母、麹、水、蒸米を発酵タンクに仕込み、およそ1か月かけて発酵させる。発酵が進み、アルコ-ル濃度が高くなると、死んだ酵母からは雑味成分が漏出してしまう。しかし生もとの酵母は、麹がつくる適正量の糖を餌にして育つので、20%もの高濃度のアルコ-ルという厳しい環境の中でも逞しく生き残る。その結果、雑味のない深い味わいの酒が生まれるという。
ワインのアルコ-ル濃度は8%くらいだから、日本酒の酵母がいかに野性的か想像できる。これは不耕起栽培の野性的な稲を連想させる。生き物の持ち味や本来の野性的な力を引き出す環境づくりが重要であるという。視聴した映像では、寺田本家の杜氏(とうじ)の人たちも、温度調節以外は機械をできるだけ使わないで、野性的に働いていた。
先代は「人間も菌も自然の中の生き物なのだ」という考えに基づいて、「自分らしく、仲良く、心地よく生きる」といった発酵的な生き方を提唱している。これは自分らしさを大事にしながら、人の役に立つような生き方である。これからの暮らし方を決める上で、大変参考になった。2016.2.23
里山資本主義
藻谷先生の考えは、「里山の暮らしには、収入が低くても水と食料と燃料が手に入る安心感がある。そこには子どもの世代が子育てしやすい環境があるので、地方の過疎化や孫の世代の人口減少を食い止められる可能性がある」というものである。現状を悲観せずに明るい未来を描こうとする姿勢は素晴らしいと思う。
自然と調和した暮らしをはじめると、人々の間に協力関係が広がっていくと期待される。しかしながら苦労して自然と関わる暮らしができたとしても、気が付いたら高齢化のせいで隣人がいなくなり、自分が孤立してしまうのでは困る。だから予め移り住む村の人口動態に関心を持つことには賛成である。人口動態は村や町の持続的発展の指標になるからである。
村や町の持続的発展のためには、環境保全的な暮らしだけでなく、村や町に稼げる仕事をつくることが必要である。例えば村の業者を使って家を建てることや、村の魅力を発見して稼ぎに変えていくことが、稼げる仕事を増やす。そうした活動によって現役世代が村や町に集まってくれば、村に活気が戻り、持続的発展が可能になると考えられる。
藻谷先生は全国の村や町での起業をコンサルティングするお仕事をされているようである。今回は人口動態の話が多かったが、いろいろな村や町の魅力や課題についてもっとお話しを聞かせてもらいたかった。2016.2.15
結びあう世界
内山先生が述べておられるように、近代は、宗教から政治、経済、社会、技術が切り離されて成立しました。宗教的な倫理観を失ったために、政治的な争い、経済的な争い、社会的な争い、技術的な争いが生じ、暴走しているのが現代です。その結果、世界的に自然破壊が進行し、人々は孤立してしまいました。お金のために忙しく働くことしか知らない私たちは、戦争や貧困に対して無関心になり、幸せな暮らしを顧みる余裕がありません。
しかし手遅れにならない前に勇気を出して、「競争し合う世界」から「協力しあう世界」へ戻らなければならないのです。「結びあう世界」とは「人と人、人と自然が協力し合う世界」のことです。「私は村の人々と自然に守られている」と感じられるような暮らしです。
内山先生は、村暮らしの体験を踏まえて、何でも自己解決してこなければならなかった私たちにとって、「結びあう世界」とは「自分が助けてもらえる世界」だと思えばいいと、優しく言っておられたような気がします。2016.2.9